しゅんぜいただのり

燈火を背けては共に憐れむ深夜の月
「能・俊成忠度によせて」

一の谷の合戦で忠度を討ち取った岡部六彌太は、忠度が矢筒につけた辞世の句「行き暮れて
木の下影を 宿とせば 花や今宵の 主ならまし」の短冊を、忠度の和歌の師である藤原俊成に届けます。
 俊成が弔っていると忠度の亡霊が現れ、勅撰和歌集
(千載集)への執着と修羅道の責めに苦しむ様を見せた後、夜明けと共に消え去ります。

平家物語「忠度都落」の中で、俊成と対面を果たした忠度は、「一門の運命、今日早盡き果て候。それに就き候うては、撰集の御沙汰あるべき由、承って候ひし程に、生涯の面目に、一首なりとも、御恩を蒙らうと存じ候ひつるに、かかる世の乱れ出で来て、其の沙汰なく候條、只一身の歎と存ずる候。こののち世静まって、撰集の御沙汰候はば、これに候ふ巻物の中に、さりぬべき歌候はば、一首なりとも御恩を蒙って、草の陰にても嬉しと存じ候はば、遠き御守りとこそなり参らせ候はんずれとて、日ごろ読み置かれたる歌どもの中に、秀歌とおぼしきを、百餘首集められたりける巻物を今はとて打立たれける時、これを取って持たれたりけるを、鎧の引合より取出でて、俊成卿に奉らる。三位、これを開いて見給いて、かかる忘れ形見どもを賜はり候ふ上は、ゆめゆめ疎略を存ずまじう候。さても只今の御渡こそ、情も深う、哀れも殊にすぐれて、感涙抑え難うこそ候へと宣へば、薩摩守、骸を野山に曝さば曝せ、憂き名を西海の波に流さば流せ、今は浮世に思置く事なし。さらば暇申してとて、馬に打乗り、甲の緒をしめて、西を指してぞ歩ませ給ふ。三位後を遥に見送って立たれたれば、忠度の声とおぼしくて、前途程遠し、思を鴈山の夕べの雲に馳すと、高らかに口ずさみ給へば、俊成卿も、いとど哀れに覚えて、涙を抑えて入り給ひぬ。」

忠度と俊成の仲を如実に表した文章です。俊成は忠度との約束を守り、千載集(六十六番)に忠度の歌を載せています。

冠蓋満京華    冠蓋 京華に満つるに
斯人独__    斯の人のみ独り__す
孰云網恢恢    孰か云う網恢恢たりと
千秋万歳名    千秋万歳の名
寂寞身後事    寂寞たる身後の事

杜甫の「夢李白」の一節です。花の都には今をときめく人々があふれていると言うのに、この人だけが浮かばれずにいる。天網恢恢疎にして漏らさず(「老子」七十三章)というがいったい誰の戯言か。ああ千秋万歳の誉れよ、ひっそりと寂しい死後の事よ。
杜甫の「夢李白」の一節です。
俊成も、このように思いながら忠度を見送ったのでしょう。若干、四十一歳で討ち死にした忠度の無念と、死地に赴く忠度を見送ることしか出来ない俊成の苦悩を想い、かみ締めながら、俊成忠度を務め上げたいと思っております。

                                 上田宜照

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