橋弁慶「いで物見せん手練の程と…」
武蔵坊弁慶が五条の天神へ「丑の刻詣」をしようとすると、御伴の者から、五条の橋には恐ろしい者が出ると聞かされます。それは12、3歳程であり、小太刀で斬って廻る姿は、さながら、蝶、鳥の如くであり、大勢でもかなわないとの事です。 弁慶は、今夜は思い止まろうとしますが、自分ほどの者が聞き逃げは無念と思い直し、その者を退治してやろうと、五条の橋へ出かけます。 さて、五条の橋を通った都の者が、逃げてきます。今日も、橋に出た様子です。五条の橋には、傍目には女性とも見えるような牛若丸が、通る人を待っています。 明け方近くなって、弁慶は大鎧を着込み、大長刀を持ち、五条の橋へ現れます。牛若丸を女性と思い込み、過ぎ去ろうとする弁慶を、牛若丸がなぶります。弁慶の持つ長刀の柄本を蹴り上げてしまうのです。怒った弁慶は、「いで物見せん、手練の程と」斬ってかかりますが、小さな牛若丸に翻弄され、ついに降参してしまいます。 素性を聞くと、源義朝の子とわかり、主従の約束をします。 古くより語られる、五条の橋での、牛若丸、即ち後の源義経と、武蔵坊弁慶の出会いのお話です。能では千人斬りをしているのは牛若丸になっていますが、これより後の源平合戦での平家滅亡までを思えば、大きな出会いと言えます。 さて、舞台では、当然の事ながら、弁慶を大人が演じ、牛若丸を少年が演じます。本物の牛若丸ではありませんので、実際に戦うと子供が負けてしまう事でしょう。しかし能では、何百年もの間やってきた、「型」というものがあり、何時、どこで、何をするか、全て決まっており、先人たちの工夫が、残っております。その通りやれば、大人が子供に負ける様になっているのです。但しちゃんとやらなければ、面白くはならないのですが…。そのちゃんとやるための工夫、研鑚が、現代の舞台に出演する者の生涯のつとめです。 橋弁慶のお話が、今日の舞台によみがえれば、と考えております。 西宮薪能では、幾度となく「橋弁慶」を演じておりますが、特に今回は、瓦照苑の子供教室で平成十六年よりお稽古をしております山口孝明君が「子方・牛若丸」を勤めます。瓦照苑で初めて御稽古をさせて頂いた、当時三歳のほんとうに小さく幼い孝明君を思い出しております。能の子方としては、「橋弁慶」の「牛若丸」は、難しい大役です。「能の家」に生まれたのでなく、普通にお稽古を重ね、「橋弁慶」の「子方・牛若丸」を出来るようになった事、感慨無量でございます。 【一部】の「こども能」で仕舞を舞う子供たちと共々に、暖かくお見守り頂きたいと存じます。 平成23年9月21日 西宮薪能 上田拓司 |