「親子」という事を扱った能がある中で、「花月」の能は、他の曲とは少し変わった視点があります。 子が7歳の時に行方不明になり、親はそれを機に出家し、諸国を廻り修行する僧となります。「生まれぬ先の身を知れば、憐れむべき親もなし。親のなければ我が為に、心を留むる子もなし。」私自身、子育ての最中の親として、心中察します。 さて子は、いかにも生意気な少年になっています。「そもそもこれは花月と申す者なり。」から始まり、どこで覚えたのか、自分の「花月」の名を、「月は常住にして言うに及ばず。さて、くわ の字はと問えば、春は花、夏は瓜、秋は菓、冬は火、因果の果…」と語り、人が「さては末世の高祖なり」と褒めるなどと言います。そうかと思えば、友達と肩を組み「恋は、くせもの」などと小歌を歌い、又、木の上の鴬を、桜の花を踏み散らすと弓矢で狙うかと思えば、仏の教える殺生戒を破らじと弓矢を捨てたり。そして、清水寺の縁起物語を語り舞います。 それを見ていた、僧が、花月が自分の子である事に気付きます。花月は、天狗に取られ、諸国を廻ったなどと言いますが、ひょっとすると、人さらいに取られ、あちらこちら連れ歩かれた辛い思いを、子供心に、天狗に取られたと思うようになったのかもしれません。そう思うと、生意気なことを言うようになった事も、可哀想な事です。 最後にもうひとつ。親は、子供に廻り逢い、共に連れて帰ろうと思います。当然でしょう。さて、子供、花月は、友達に、名残に何時もの如く鞨鼓を打って、後、父と共に故郷へ帰るように言われた時、返事をしません。最後の言葉も、「あれなる御僧に、連れ参らせて仏道の修行に、出づるぞ嬉しかりける。」となっています。子を持つ親としては寂しい事ながら、親離れ、子離れ、育つ環境などを考えさせられます。現代でも起こりうる事と思います。シテを長男宜照に勤めさせます。16歳、高校1年生ですが、どう思っておりますやら。 世阿弥の残した風姿花伝にも、十七、八歳より、声も変わり、身体も腰高になって、子方の頃の花が失せ、「指を指して人に笑はる」とあります。ヘタクソとばかり見られる時期ではありますが、ただ、生命力のあふれる舞台を勤めてくれればと考えております。 平成16年8月 上 田 拓 司 |