ひとすじの道成寺    中條孝子

 「作りし罪も消えぬべし」杳い静謐の彼方より繰り返す声は、切々と訴えるかの様に迫る。 能「道成寺」の、プロローグである。万憾の愛怨を秘めて、蛇体は妖艶な白拍子の姿と化し、能力を悩殺し、禁制を破り、再興成った道成寺の爛漫の鐘の下で舞い狂う。私とこの曲との出逢いは、第二師の稽古場であった。老師の高弟えの範吟は、気迫に満ち、甲高いその声は、床を揺るがし、静寂なその間の一刻々々は、不気味な迄の鬼気を潜め、嗚呼!!、何時の日にか、精進し、「この素晴らしい曲を謡いたい」と固く心に誓った。
 現在、気鋭の第三師には、最も長きに亘り御指導を仰いでゐる。幾星霜を経て、漸く、念願叶い御許しを得、昨春、 素謡「道成寺」を披かせて頂いた。己が愚鈍さに挫けそうになりつつ、只管稽古に勵む裡に、情念一筋に鬼女となり、蛇となって、日高川の波間に儚く消え去った、ひたむきな、女の性が悲しい迄に愛ほしく、私のひとすじの謡「道成寺」えの道と繋がって行った。
 晴れの舞台では 師に導かれ、白拍子の清姫か!?清姫の白拍子か!? 私は夢幻の世界に遊び、鳥滸がましくも、自在の心で、謡い上げる事が出来た。爽快な充実感が胸に溢れ,師の御温容が涙に霞んだ。真摯、情操豊かな御薫陶を賜はり、私は此頃、少しずつ能えのこころの扉が開けて来た様に想う。今秋 師は 能「道成寺」を再演される。世界無形文化遺産の筆頭に指定された能。悠久の時の流れに脈々と息づいて来た伝統芸能。師の御高恩の許、老の糧として涯なきこの道を益々研鑽し、心の花を咲かせ、命華やぎ、大空に飛翔したい。